地域, 政治, 経済そして音楽・・・浅輪がんぽおのブログ

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2005年 09月 29日

プルードン派とマルクス派

いわゆるレフトの社会科学の中で、いわばプルードン系とマルクス系の対立みたいなのが延々と続いているようです。

この二つは、たとえば、アナーキストと共産党派の対立みたいなものですね。その両者がプルードンとマルクス本人の可能性を十分組み込んでいる、とは思えないんですが。たとえば、アナーキスト系はもうお遊びみたいな感じになってますし、マルクス主義系は、頑固な権力主義者みたいな感じになってますし。

そういえば、ブラックパンサーの創立者の一人、ボビー・シーレの講演会があったので、質問してみたことがありました。「ブラックパンサーといえば政治的、あるいは文化的な運動ばかりが注目されているようです。その中で今回、あなたからコミュニティー・コントロール・プログラムなる運動を中心として行っていた、ということを聞いて興味を持ちました。経済的にはどのような運動だったんでしょうか」というようなことを。

そこで彼は、非常にエネルギッシュな口調でまず、「当時マルクス主義で国家的計画経済ということを言っていた、それは違うと俺たちは議論してたんだ。人々がコントロールできる、協議に参加できるようなコミュニティの単位で計画経済ということを考える、ということだ、と。そこでこのプログラムを始めた。」ここにもマルクス系とプルードン系の対立みたいなのがありました。そこで、出てきた具体例はどうも小さなことばかりでしたけど(笑)。マルコムXも地域金融みたいなものを始めていたし(現在も続いているけど、かなり小規模になっていたようだった)、そういう金融的なところを上手く変えていく運動になっていたら、現在のアメリカ黒人の立場もずいぶん変わっていたのではないか。

それはともかく、現在ソ連型社会主義の崩壊後、再びプルードン系、アソシエーション主義とかが勢いを増しているようですが、その割には、現代のもっとも優秀なプルードン的視点を持つ一つと思うピエールとセーベルの1980年代の有名な『第2の産業分水嶺』も読んでいないようでは、いつまでも回顧主義に終わってしまい、いかにもアナーキスト的なしょぼくさいものに終わるのではないか、という危惧があります。産業の中でも特に製造業をしっかりと掴めないと経済的には非常に弱い分析に終わってしまうということを考慮すべきです。

もちろん、これは25年も前の本で、その後、その批判も出てきて有名なところでは、ベネット・ハリソンの「Lean & Mean」がある。これは日本語に翻訳もされていないようですが、ピエールとセーベルの上の本で上げたような中北部イタリアの中小企業の地域的ネットワークで伸びたといわれるモデル地域も実際はベネトンなどのグローバル企業を中心とした垂直的な統合が進んでいっている、また、サクセニアンなどが賞賛したシリコンバレーでも地域的なネットワークよりもグローバルなネットワーク、又は国家の軍事需要とのつながりが多く、また、地域内の雇用の半数以上はハイテク技術者ではなく、低賃金の清掃・警備サービス業などだ、と指摘している。つまり、プルードン的な地域相互主義的ネットワークを推奨していても、マルクスのように資本主義の強固な動きをきちんと理解し、把握しようとしない限り、結局、あだ花と終わるに過ぎない、ということだと思うのです。

プルードンかマルクスか、などという対立項を言っているような人はだめだと思います。もちろん「プルードン」とか「マルクス」という名を使っていなくても、同じような対立は同時にあると思う。そうではなく、「資本」(マルクス)と「地域」(プルードン)両者との対抗連帯関係見たいなのをしっかりと掴むことのほうが重要ではないか。そういう点で私には、「地域政治経済学」というものが実際的な可能性を一番占めていると思うのです。地域医療・福祉・介護などの問題も結局地域政治経済という問題に関わってくると思います。

来たれ、可能性の政治経済学へ!なんちゃって。
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by ganpoe | 2005-09-29 13:14 | Social or Economic


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