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2006年 08月 03日

イスラム・イデオロギーには西洋思想が隠れているか?--ダバシ氏の『不満の神学』

これは2001年ごろに書かれたものです。
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9月11日におきた米国同時多発テロは次のような単純な図式のみにおさまるものではありません。

例えば、一方に、米国政府などがいうような「天才的な悪魔」の仕業(NYタイムズの記者、トーマス・フリードマンなどの言)、そして他方に、米国の海外政策の失敗(帝国主義的)。然し、このような評価のみでは、最終的に反アラブ主義、あるいは反米主義に行き着くのではないでしょうか。だとすれば、これらの考え方によって、その両者の報復の悪循環が止む事はありません。

他に第三の道はないか。この問いに答えるために、イスラム革命運動についてもう一度検討するべきではないか。

そのための手がかりとして、イスラム政治学のダバシ氏の本「Theology of Discontent (不満の神学)」は大きな示唆を与えてくれます。彼は、イランにおける共産党を主体としたマルクス主義運動への幻滅が「大衆への回帰」、「イスラムへの回帰」をひきおこし、そしてそれらの「回帰」を革命化させた、という観点を持っています。つまり、イスラム革命運動にはマルクス主義の亡霊が取り憑いているといえるでしょう。(注:この視点に関しては、批評家の柄谷行人さんからご教示がありました。)

(お断り:私がこれから述べる意見は、一般に言われているようなイスラム原理主義に関係するグループがアメリカ合衆国においてテロを行ったという判断に基づいています。ところで言うまでもなく、現在の時点では、犯人は正確には特定されていません。さらには、犯行を陰で許した者もいるかもしれません。したがって、もし真相が違うと分かったら謝罪するしかありません。しかしイスラム革命主義に関するここでの議論はそうした「真相」には大して左右されないと信じます。)

暗殺や反乱と比べて、テロリズムは現代的な現象と思われます。まず、技術的な発展がある。爆発物の発明。大量殺人の可能性。そしてまた、国民的同一性、あるいは民族的同一性、という価値観が誕生し、成立した歴史にも鍵があると思います。つまり、その同一のグループの中でなら、誰を狙っても、結局同じことを意味するわけです。

原理主義というのは、イスラム自身に直接根差しているわけではありません。西洋における革命運動から生まれてきたものです。例えば、キリスト教に根差した原理主義というのがアメリカ合州国にあるし、ヒンドゥーにもある。そして、ことイスラムにかかると、マルクス主義との歴史的なつながりがある。

ダバシ教授の本によると、マルクス主義はイランやその周りのアラブ諸国では既に一世紀以上の間、広がっていたのです。しかし、それらの国内の聖職権力者は(CIAと共に)それを弾劾してきました。とりわけイランでは、ソ連の影響もあって共産党(Tudeh党)の活動がありました。しかし、彼らは宗教心の強い民衆から支持を得ることができなかった。しかも彼らは、党の方針から逸脱するような言論を許さなかった。党員であったジャラル・アレ=アマドは、ソ連の干渉(特に石油利権を狙った)を嫌っていて、1948年に脱党します。彼はその後、いくつかの政治活動を渡り歩いた後、西洋の小説の翻訳を開始しました。(例えば、ジッド、カミュ、サルトル、ドストエフスキーなど。)そこから、流行のいわゆる「実存主義的立場」を身につけ、自ら小説を書きながら、イスラム教原典に向かう事になります。つまりマルクス主義的革命の理想から実存主義を通った後にイスラム教に戻ったわけです。(彼は元々信仰心熱い家に育ちました。しかし再びイスラム教に「戻った」ときには、よりラディカルな反西洋思想を求める事になります。)そして、1962年に「西洋中毒化(ガルブザデギ)」(英語訳はWestoxication)を発表し、多大な影響を与えます。彼は、そこで石油資本の進入によるアラブ圏の「西洋中毒化」を手厳しく糾弾しますが、その裏には彼自身の西洋(思想)中毒化、が隠されていたのです。彼は、イスラムの革命家となることを目指し、「イスラム・イデオロギー」なるものを推奨しますが、この言葉自体が、イスラムによって修飾された西洋思想であったのです。また、そこで彼は、西洋の技術は普遍的だから移入してよい、しかし、思想や文化はだめだ、というような事を言っています。その箇所を読んだ時、私の頭を今回のテロ事件がよぎりました。

彼は69年に心臓発作で死亡しますが、その後に来たのが、アリ・シャリアティです。ダバシ教授によれば、彼こそが最高のイスラム・イデオローグだ、という事です。シャリアティはパリで社会学を修めている間に、サルトルやファノンを知り、また、マルクス主義系運動、特に当時のトロツキストの革命運動やアルジェリア解放運動に深くコミットします。彼は1965年にイランに帰還します。彼はそこでマルクス主義革命を実行しようとしますが、当局に弾劾され、投獄される。また、そのままの思想では民衆の支持を得られそうもなかった。そこで、マルクスの革命思想をコーランの字句を元に読み替えようとします。これはやはり実存主義的立場を媒介にして行われました。革命家になる、という個人の選択の問題であり、その選択の前で個人はアラーの神の前に立つ。自らのうちにアラーが入り込み、そこで自らの生死はアラーとの神的合一となる、というわけです。

ホメイニ師の思想的、政治的なバックボーンであったモルテザ・モタハリは、この二人といくらか違ってはいました。彼は特にシャリアティに激しいライヴァル意識を持っていたのですが、出来上がった思想は同じようなものでした。彼は、西洋から輸入され特に若者に影響を与えていたマルクス主義に対して、イスラム神学を対峙させようとしたのです。しかし、彼自身は、西洋語を読まず、翻訳本に頼っていた。そもそも、マルクス自身を読んだ事はないが、パキスタンのイクバルという思想家がマルクスより優秀な唯物論を完成させたと勝手に宣言して(笑)、その人の本を読んでごまかしていた。それはともかく、革命的なマルクス主義に対抗するためには、イスラム教も革命化させねばならない、とモタハリは考えるに至ります。今までのイスラムは本当のイスラムではない、それは空想的である、イスラム法者による直接支配が、イスラムの原点にいたる現実的な道なのだ、と、エンゲルスの『空想から科学』へを思い起こさせるような議論を展開しました。実際の所、イランでは「政治的」である事は、石油資本やソ連と結びつく事であり、保守的であった。思想や運動を宗教的にを研ぎ澄ましていく事こそが、「革命的」であったのです。現実的な革命は、大衆に訴えるイスラムを通してこそ行われる。彼やホメイニ師に依って示された禁欲主義は、西洋文化(消費主義)のまさに正反対にあるものとして進められたのでした。

アレ=アマド、シャリアティの残したパンフレット、レクチャーの筆記は、ペルシャ語からアラブ語に翻訳され、イランを越えてアラブ圏全体に読者を持つこととなりました。彼らの運動は直接には、例えば、アラブ圏でのサラフィーヤという復興運動とつながります。特に有名なのはサイイッド・クータブというエジプトの思想家ですが、彼ももともと西洋のモダニズムと呼応する文学評論家でした。それが、50年代から60年代にかけて、急速に反西洋主義に走り(オクシデンタリズムといえるような「想像された悪の帝国」)そして、イスラム伝統、特に、13—4世紀のイブン・タイミーヤというモンゴルに対抗するために、アラブ国王と対決した人物を持ち上げるのです。この人物については、ビン・ラーディンも良く触れる事があります。

1950年代的思想から、60年代的な夢想する永久革命者、カストロからゲバラへの流れがここにもあったのかもしれません。つまり、テロにいたったのは、イスラム教自身の問題というよりも、西洋の反システム運動の理論的欠陥であったといってよいでしょう。「聖戦ジハート」という考え方は、既に死に絶えた伝統のもとで個人のうちに向けた問いかけのようなものだといいます。元々は、それほど残虐な思想だったわけではないのです。それに、「コーランか、死か」という考え方も実際の所、税金を払え、払わねば殺す、という意味のものだったといいます。ならば、ローマからモンゴルの各帝国とそれほど違ったものではありません。つまり直接テロリズムにつながる価値観ではなかったのです。

ですから、ビン・ラーディン率いるアルカイダなどが行っているのは、マルクス主義・トロツキスト革命(イスラム教のスパイスを振り掛けた)である、といえるかもしれません。イスラム革命運動はラディカルであり続ける、なぜならそれは永久革命だから。彼らは国境を越えたネットワークを作る、なぜなら世界革命だから。彼らは報復としての暴力を否定しない、なぜならファノン主義だから。彼らは神となった自分が死ぬ事に実存を見出す。もちろん、彼らの思想はトロツキーから、ファノン、サルトルを捻じ曲げたものだ、とはいえます。しかし、疑いようのないつながりがあります。

残念ながら、私はイスラム教学やアラブ研究に関しては全くの素人です。しかし、このダバシ教授の論点は確かに興味深いものだと思います。彼の考える通りだとすれば、現在の問題に対処する方法は、チェイニー米副大統領やラムズフェルド国防長官が行っているように、イスラム革命運動を力で押さえ込む事ではない。しかも、単にグローバライゼーションを批判すればいい、という話だけでもないのかもしれません。資本主義が続くならば、必然的にそれへの対抗運動は生まれて来ます。そしてそのような運動が大衆の支持を得る事に失敗した、とみなされれば、原理主義のような運動が再び起きて来る可能性は大です。なぜなら、それはモダニティ自身に内在する構造だからです。永久革命や世界革命が、宗教や国民的伝統と結びつけられる事によって大衆化が図られる、という構造は非常に危険です。日本の軍国主義、大東亜思想などもここから出てきたし、ムッソリーニも、ヒットラーもそうでした。

以上のことから、マルクス主義がいかに失敗してきたか、という歴史を見直すことが根本的な解決策である、と思います。国民国家と資本主義に対抗し、揚棄する運動は何か。新しい運動を、アラブ圏、そして、先進国で行っていく方法は何か。

Dabashi, Hamid, (1993), Theology of Discontent / The Ideological Foundations of the Islamic Revolution in Iran, New York: New York University Press.
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by ganpoe | 2006-08-03 01:25 | Social or Economic


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