地域, 政治, 経済そして音楽・・・浅輪がんぽおのブログ

ganpoe.exblog.jp
ブログトップ

<   2005年 09月 ( 10 )   > この月の画像一覧


2005年 09月 29日

プルードン派とマルクス派

いわゆるレフトの社会科学の中で、いわばプルードン系とマルクス系の対立みたいなのが延々と続いているようです。

この二つは、たとえば、アナーキストと共産党派の対立みたいなものですね。その両者がプルードンとマルクス本人の可能性を十分組み込んでいる、とは思えないんですが。たとえば、アナーキスト系はもうお遊びみたいな感じになってますし、マルクス主義系は、頑固な権力主義者みたいな感じになってますし。

そういえば、ブラックパンサーの創立者の一人、ボビー・シーレの講演会があったので、質問してみたことがありました。「ブラックパンサーといえば政治的、あるいは文化的な運動ばかりが注目されているようです。その中で今回、あなたからコミュニティー・コントロール・プログラムなる運動を中心として行っていた、ということを聞いて興味を持ちました。経済的にはどのような運動だったんでしょうか」というようなことを。

そこで彼は、非常にエネルギッシュな口調でまず、「当時マルクス主義で国家的計画経済ということを言っていた、それは違うと俺たちは議論してたんだ。人々がコントロールできる、協議に参加できるようなコミュニティの単位で計画経済ということを考える、ということだ、と。そこでこのプログラムを始めた。」ここにもマルクス系とプルードン系の対立みたいなのがありました。そこで、出てきた具体例はどうも小さなことばかりでしたけど(笑)。マルコムXも地域金融みたいなものを始めていたし(現在も続いているけど、かなり小規模になっていたようだった)、そういう金融的なところを上手く変えていく運動になっていたら、現在のアメリカ黒人の立場もずいぶん変わっていたのではないか。

それはともかく、現在ソ連型社会主義の崩壊後、再びプルードン系、アソシエーション主義とかが勢いを増しているようですが、その割には、現代のもっとも優秀なプルードン的視点を持つ一つと思うピエールとセーベルの1980年代の有名な『第2の産業分水嶺』も読んでいないようでは、いつまでも回顧主義に終わってしまい、いかにもアナーキスト的なしょぼくさいものに終わるのではないか、という危惧があります。産業の中でも特に製造業をしっかりと掴めないと経済的には非常に弱い分析に終わってしまうということを考慮すべきです。

もちろん、これは25年も前の本で、その後、その批判も出てきて有名なところでは、ベネット・ハリソンの「Lean & Mean」がある。これは日本語に翻訳もされていないようですが、ピエールとセーベルの上の本で上げたような中北部イタリアの中小企業の地域的ネットワークで伸びたといわれるモデル地域も実際はベネトンなどのグローバル企業を中心とした垂直的な統合が進んでいっている、また、サクセニアンなどが賞賛したシリコンバレーでも地域的なネットワークよりもグローバルなネットワーク、又は国家の軍事需要とのつながりが多く、また、地域内の雇用の半数以上はハイテク技術者ではなく、低賃金の清掃・警備サービス業などだ、と指摘している。つまり、プルードン的な地域相互主義的ネットワークを推奨していても、マルクスのように資本主義の強固な動きをきちんと理解し、把握しようとしない限り、結局、あだ花と終わるに過ぎない、ということだと思うのです。

プルードンかマルクスか、などという対立項を言っているような人はだめだと思います。もちろん「プルードン」とか「マルクス」という名を使っていなくても、同じような対立は同時にあると思う。そうではなく、「資本」(マルクス)と「地域」(プルードン)両者との対抗連帯関係見たいなのをしっかりと掴むことのほうが重要ではないか。そういう点で私には、「地域政治経済学」というものが実際的な可能性を一番占めていると思うのです。地域医療・福祉・介護などの問題も結局地域政治経済という問題に関わってくると思います。

来たれ、可能性の政治経済学へ!なんちゃって。
[PR]

by ganpoe | 2005-09-29 13:14 | Social or Economic
2005年 09月 26日

小選挙区制のマジック

以前に今回の衆議院選挙について、小選挙区制のマジックです、と書いたのだが、白状すると、少しも数えずに、勘で書いただけだったんです(笑)。(そのぐらいいいかげんに書いてるので、半信半疑でいつも読んでいてください)だが、どうもやはりそうだったようです。今朝(9/26)の朝日新聞の天声人語。教えてくださったFさんに感謝!
・・・しかし、確か小選挙区制を導入したのは、自民党を離れた当時の新生党の小沢一郎ラインだったと記憶しているが、それがぐるっと回って民主党が小選挙区制によって敗北したんだから皮肉ですね。


朝日新聞【天声人語】2005年09月26日(月曜日)付 より
=====
 まさか。そう思って、2度、3度と検算してみた。やはり正しい。うーむ。考え込んでしまう。先日あった総選挙での300小選挙区の票数のことである。

 自民、公明両党の候補者の得票数を合計すると、ざっと3350万票だった。一方の民主、共産、社民、複数の新党や無所属を全部合わせると3450万票を超えている。なんと、100万票も与党より多いではないか。

 小泉首相は断言していた。「郵政民営化の是非を問う選挙だ」。そして、法案に反対した自民党議員の選挙区に「刺客」を送った。「民営化反対だけの候補者になったら有権者も困る。賛成の自民、公明どちらかの候補者を出さないと選択できない」という理屈だった。

 まるで、小選挙区で民営化への白黒をつける国民投票を仕掛けたように見えた。ならば、この票数では民営化は否決されたことにな りはしないか。反論はあろう。無所属の中には民営化賛成もいたとか、比例区の得票数なら与党の方が多いとか。

 でも与党の議席占有率ほど、民営化の民意が強くないのは確かだ。小選挙区制は死票が多いぶん、民意のわずかな違いが大きな議席の差を生み、政治を一気に動かしていく。12年前、カナダで約150あった与党の議席が2に激減した例もある。

 とはいえ、民意を一方向に束ねたような今回の結果には改めて驚いた。きょう、小泉首相は所信表明演説で郵政民営化を熱く語るはずだ。そのとき、小選挙区への投票者の過半数が、必ずしも民営化に賛成ではなかったという事実は、頭の片隅にあるのだろうか。
[PR]

by ganpoe | 2005-09-26 12:32 | Social or Economic
2005年 09月 25日

『労働政治』

久米郁男著『労働政治 戦後政治の中の労働組合』中公新書

小泉一応改革主義が政権をとってからというもの、「抵抗勢力」という言葉が一般語としても広がりほとんど反省もないまま、使われているようです。「抵抗勢力」というのも「レジスタンス」とでも言い換えればかっこよく聞こえもするだろうけれども(笑)。で、抵抗勢力というのは大体、族議員と結びついた官僚、および特殊法人、あるいは労組、などを指しているようです。

利益団体、などが圧力を行使して、既得権を守り抜こうとしている、そういうことを聞くのですが、そんなに単純に考えていいのかな、と思いながら、この本を読んでみました。で、利益団体というのは、既得利益の追求もありますが、一応は専門家の団体なので、それのいくつかが(利益の相反するような)協議すれば、それなりの結論がでてくるのではないか、という考えもある、ということです。審議会、調査会、なども含めて。

問題はたぶん、二つあって、官僚などがすでに用意していた結論にお墨付きを与えるだけのために、審議させている場合があるだろう、もう一つは、利益団体にも強弱があって、経団連などの圧力のほうが強くてそちらが通ってしまう場合、あるいは一般大衆みたいにそれぞれの特定の案件に、特殊利益ではなく、一般利益しかない場合、それを反映する利益団体などは組まれていない可能性が大きいこと、ではないでしょうか。

もちろん、小泉首相はそれを逆手にとって、この利益団体がない一般大衆へのイメージ戦略で、支持率、投票率で稼いで、それの圧力で彼が「抵抗勢力」と呼ぶ連中を押しつぶそう、とするんですね。ところが、それも問題があって、第一に、彼自身がそんな政策通ではないので、彼の改革は結局骨抜きにされる(例えば、今度の優勢改革法案もそうですし、特殊法人解決も逆に税金の負担が増して、天下り天国のままでいるという意見もあります)

もう一つは、強引に「抵抗勢力」をつぶして法制を変えても、実体としてそれらのメンバーは残っています。逆にその強引さに反発して、実質として反抗し続け、法的な改革が骨抜きにされる可能性があるのではないか、と思います。時間がかかっても関係各者の意見を刷り合わせたり、調整したりしていったほうが結局はちゃんと改革できる面もあるのではないでしょうか?

ところで、「官」だと投票もできないし、市民の参加は不可能というかもしれませんが、市民団体、環境団体、消費者団体、などを通した参加は不可能ではないでしょう?確かにそういう団体は少ないし、また、長時間労働を強いられている市民が参加できる時間も限られるでしょうけれども。それが上に挙げた問題にまた戻っていくわけですが・・・

といっても、この本は特殊法人全般の話ではなくてではなくて、もちろん労組の話です。ただ、第1章などの理論編に利益団体の話もあったので、こんなことも考えました。
[PR]

by ganpoe | 2005-09-25 14:02 | Social or Economic
2005年 09月 24日

地方分権や住民参加

(他のブログへのコメントを転載しました)

地方分権や住民参加はそのお題目だけで良しとされていないか?

私も懐疑的です。例えば小泉自民党系の新自由主義的視点からも地方分権、住民参加はいわれます。これは東京、中央国家は地方の世話をしないで、多国籍企業と共同で外交、軍事に専念するので、地方でひとりでやれるようにしてください。という意味ですね。これが怪しいのは、地方分権、といいながらも財源委譲はしたがらない、住民参加といいながらも社会福祉を肩代わりさせるためだけで、逆に参加できないような広域合併、などを進めていることにも現れています。

とはいえ、地方分権(財源も含めた)、住民参加は必要だと持っています。もちろん人々は間違いを犯すかもしれない、単なる地域エゴに成り下がるかもしれない、逆の保守の土壌になるだけかもしれない、地域内の対立が激しくなるだけかもしれない、などとも思うのですが、しかし、「現場」に一番近い、ということがそれ以外の地理的単位とぜんぜん違うと思います。

たとえば、国政選挙で郵政改革を支持して投票した人も、はっきり言って多くの人は郵政改革が何のことだか分かってないで、「改革」という格好だけで投票していたでしょう。しかし、地域の現場の問題だったらより密接なので理解力が違うし、現場だから自分たちでいろいろ工夫することも出来るでしょう(金もあまりかからないようなやり方)。

また、代表者選挙と実際に様々に意見を言う協議体とは違います。郵政改革以外の政策では小泉首相と意見が違う(ホリエモンまでそういっていた!)という人が実際に多くいたと報道されています。しかし、そのようなことは代表者選挙である限り、決して反映されません。特に小選挙区制で2党政治などに動いているようでは。だから、選挙というもの自体に私は懐疑的です。もちろん、それぞれの問題に違った意見を言える協議体でも間違いはつき物だと思います。しかし、色々試行錯誤していけば、だんだんよくなっていくものです。そのくらいは人間を信頼してもいいでしょう?(笑)

・地域という単位は世界的問題を考える上で小さすぎないか?

私は逆にそれぞれの地域での問題を一つ一つ解決していく、それの手助けとして中央の分配制度、それから地球的な調整制度、などを考えていく、ということだと思っているので、反対に考えているわけです。また日本の問題ばかりで、第三世界の問題はどう考えるのか、という意見もあるのですが、僕は日本の地域で問題を起こしている多国籍企業の構造は第三世界の問題とつながっていると思うので、日本で変革することが第三世界問題の解決にも間接的につながっていると思います。

とはいえ、地球環境問題とかを地域においてどう扱っていくか、それぞれの地域の経済発展とつなぎ合わせられるか?というのは難しい問題として残っているだろうと思いますが・・・

大きな部分をどうにかしなければならないから、それぞれの個別の問題を扱わず、われわれの意見をまず聞け、といっていたのは旧ソ連や共産党、総評などの悪いくせだと思っています。とはいえ、それぞれの地域だけにおいてだけの改革では限界があるので、それを支えるためにも「大きな部分」――中央の行政改革などもそれに沿って行わなければならないと思います。

ただ、新自由主義とは逆ですね。彼らはまず中央から考えて、そこが強くなるために(スリムで効率よくなるために)地方も変わってくれ、という。私は、地方から変えていきます。それを手助けするために中央も(大きな部分も)変わってくれる必要がある。現在の改革論議に欠けているのはここだと思います。田中長野知事なんかもその辺を指摘してると思います。
[PR]

by ganpoe | 2005-09-24 13:40 | Social or Economic
2005年 09月 15日

『ザ・フェミニズム』

上野千鶴子・小倉千加子 対談『ザ・フェミニズム』ちくま文庫

 今度文庫版になったこの本を読んだ。おすすめ。

 イヤー、笑えた。楽しい本ですよ。
 フェミニズムに関してさまざまな理論や現実問題が述べられてあって便利です。理論的なことは大分前に僕もいくつか(軽く)読んだことがあったのですが、ここではそれといって新しい考察は見えないものの、いいものを選んでいると思いました。簡単には次の3つぐらいに分けられるみたいですね。

 1)女権拡大論。これはつまり民主主義的な、そして職業的な差別をなくして男女同権に持っていこう、というような議論。いわば国民国家、資本主義という近代の大まかな枠組みは変えることなく、その中での権利の拡大を目指す、というもの。

 2)脱近代的フェミニズム。さらに「女性性」という近代が作り上げた幻想を超えて、それぞれ個人の自由を追求していくことによって、「近代」自体を作り変えてしまおうというような考え。

 3)私的利益追求主義。以上のような何かに限定するのではなく、それぞれ個人の利益を追求する上で、例えば専業主婦がよければそれを選択すればいいし、例えば男権社会で有利に生きるために「女性的魅力」を生かして出世しよう、というならそうすればいいし、あるいは性的快楽だって好きにすればいいんだし、というようなもの。

 ・・・って分け方でいいのかな?2)ももちろん、自由を求めるんだけど、「結婚」とか「専業主婦」みたいなものは批判する、ってとこがあると思う。ここで上野さん、小倉さんはここに含めちゃってるんだけど、これを追及するとどうしても近代の枠組み「資本主義・国民国家」の批判に行き着いていくんですね。例えば結婚なんて何でいちいちお国に知らせなければならないのか、とか。

 現実問題としても、少子化にせよ、パート労働化にせよ、政治経済の動きと離しては考えられないんだし、(小倉千加子の階級別に分けた晩婚化分析、非常に面白い)「フェミニスト」の視点からの資本主義・国民国家の批判、それの漸進的な(少しずつしかし確実な)改革なんてのがどんどんでてきたら面白いと思いました。

 しかし、「こんな過激なこと言っていいのかしら」って何度も言ってるけど、これ過激なのかな?ふつうじゃん。こんなに日本の論壇ってとこは保守的なんでしょうか?

 たくさん抜書きしたいところがあるのですが(世代論とか、代議制への不信とか、介護問題とか、保育、女女格差、パート労働、新自由主義と労働形態の変化・格差・・・)ここでは一番最後のなんとも感動的な「愛」についてのお話を書きたいと思います。

 「小倉 ・・・目に見えないところで人々が互いに愛し合うことは、権力の最も恐れるところです。・・・・私は人を、周りの人たちを喜ばせ続けたい。何でか言うたら、世界が色彩にあふれて見えるから。愛が飛び交う濃密な関係をあっちこっちでみんなが実践すればいいと思う。もう、それは始まってるような気がするんよ。うん。現実に存在してますよ、あっちこっちで。ムンムンするぐらい。
 上野 本当にそうですね。エロスとは本来、生を肯定する力のことですから。」


 
[PR]

by ganpoe | 2005-09-15 13:07 | Books
2005年 09月 12日

スイス民主主義

2005年衆議院選挙の結果が出ました。

前に自民党が大勝したのは、87年ぐらいだかの中曽根首相のときではなかったかしら。あの時は確か300議席とった。まあ、定数も511とかで現在の480より多かったんだけど。

今回は票数だけで見ると、自民党単独ではそれにちょっと足りないぐらい(296)だそうだが、割合で見れば公民党と連立だと議員定数の3分の2を超えるぐらいだそうだ。そうなるとこの2党が連立すれば、法律的には「いかなる」法案も通すことが出来る、ということになるんですね。というのは、参議院で否決されても衆議院に戻して3分の2とればいいからだそうです。まあ、憲法は両議院で3分の2だから、まだちょっと大変でしょうけど・・・

まあ、これは小選挙区制のマジックでもあって、こんな選挙制度はぜんぜん民主主義じゃないよ、ってことかな?それから自民党を選ぶ、ってのが、保守的ではなくて、改革したいという無所属層が小泉を選ぶってことね。だから、都市で自民党が伸びた。「改革したい」ってことでは右も左も同じに見えることがある。私が最近「新自由主義」と「地域自由協同主義」との間で議論を重ねてるのもそのため。

とはいえ、選挙というのは民主主義の根幹の一つであるし、なんかいい方法はないのかな、ということを思いながら、前からスイス民主主義というのを調べてみようと思っているのですが、怠慢でまだやってません・・・

でも、ここなんかを見ても非常に興味がありますね。
民主主義さまざま
政権にはすべての党が参画する、とか、地域の協同主義を主体にして中央政権はそれを財政的になど下支えしたり、地域間の紛争を未然に防ぐようなことに専念する、とか。参考になることはたくさんあると思います。もちろん、スイスが最高、というわけでなく、問題もあるだろうし、経済的などの特殊条件があるだろうし、批判も必要だと思いますけどね。

戦争放棄、と日本は威張っていますが、スイスはもっと長年戦争放棄ですよね。
[PR]

by ganpoe | 2005-09-12 12:19 | Social or Economic
2005年 09月 10日

2005年上半期ベストアルバム

いまいち、年度ごとに区切ったベストアルバム、とか意味ないと思うのですが、最近気に入ったCDアルバムをちょっとあげてみようかな、と。(評論家ではないので、全部聞きまくったわけではないので、たくさん見逃してると思いますが)

・ホワイト・ストライプス「Get Behind Me Satan」
 アメリカのガレージバンド。今までのホワイト・ストライプスはなんだかな、というかこういうのだったら、昔にいくらでもあったよ、という感じだったのですが、今回のアルバムは気に入りました。映画「コールドマウンテン」で経験したルーツミュージックなどの影響、それからワールドミュージックの影響、そういうのでグルーブ感がよくなったし、それでいながら実験的な要素もあってよかった。ワールドなグルーブ感をよく生かしている、というと次のも。

・ソウル・フラワー・ユニオン「ロロサエ・モナムール」
 大阪のごっちゃ煮歌謡ロック(?)。いいですね。踊れる。特筆したいのは奥野信哉のキーボードが奏でるイントロとか間奏とかで鳴るフック。これかなりいいメロディーですよね。誰が思いついたか、というのはまあいいとしても、貢献度大だと思います。それからドラムのグルーブが断然いいですね。前の「スクリュードライバー・コメディ」では、それが弱かった。このアルバム、気に入ったんですが、ちょっと音が入りすぎな気がしました。いろんな人と一緒にやりたいんだろうな、ということはわかるのですが、音が多すぎて、主メロディの構成とか、基本的なリズムのところとかが掴みにくいのでは。ちょっとマイナスな音作り、というのが最近私の好みなので・・・・それをのぞけば、最高。

・トン・ゼー「パゴージ学習~~オペレッタ『女性差別と愛』」
 ブラジルのトロピカリア。Tom Zeと書いて、「トン・ゼー」と読む。へー、今まで英語的にトムと読んでました。なんか物々しいタイトルがついていますが、歌詞はポルトガル語で訳詩も載ってなかったので、どういうことかは分かりません。でも音は最高にかっこいい!グルーブがあり、キャッチーでありながら実験的要素もいっぱい。ブラジルの60年代のトロピカリア(ブラジル風ロック?)の時代に活躍した人ですが、あまり有名にならず、80年代だかに元トーキング・ヘッズのデヴィット・バーンに「発掘」された人。そのあと発売された「Return of Tom Ze、ザ・ヒップス・オブ・トラディション」は、確かに意気込みは分かったのですが、シェーンベルグまで学んだという人らしく、なんか難解でいまいちはまり込めなかった。しかし、今度のは圧倒的にいい!他の有名なトロピカリアのミュージシャンがおじいさんとなるとともに懐メロのムード音楽みたいなものになっていくのに対して、70歳近いトン・ゼーのこの生き生きした音楽はどうだ!

・・・・あれれ、すでに書きすぎたので、今回はこれで終わり~~
[PR]

by ganpoe | 2005-09-10 13:29 | Music
2005年 09月 06日

世論調査

朝日新聞から世論調査の電話があった。はじめてだ。よくあることなのかな?

なんか、世論調査といわれても、3択みたいな質問ばかりですよね。民主と自民と共産と、どれとるか?とか(笑)。

なんか選挙もそうだけど、こういうのって突然、僕個人が何万分の一に過ぎないサンプル、と扱われるような感じで、どうも好きじゃないです。

僕の関心だって、あるいは利益だっていろんな方向に向いてるわけだし、一つの党に、といわれても・・・
[PR]

by ganpoe | 2005-09-06 10:47 | Social or Economic
2005年 09月 03日

新自由主義と地域の発展の関係?

前回、小泉政権やブッシュ政権が代表する新自由主義的な政治の方向と、同じ改革派でももっと住民・地域よりの自由協同主義との違いを説明し始めました。もっとちゃんと書かなければいけないのですが、時間もないので他の著者の文から引用してごまかしてしまいます(笑)。

しかし、これを読めば分かるとおり、やっぱ小泉改革って微妙なもので、よく見えてくるのもおかしくないのかも。多国籍企業の経営を有利にして国際競争に勝つ、ということが本当の目的なんじゃないかと思うのですけど、なんか民衆のためにやっているように見える。1930年代の軍国主義と似たようなものです。

中村剛治郎さんの『地域政治経済学』から抜書きです。段落付け足したり、とか読みやすくなるように工夫しました。

「グローバリゼーションの時代のもとで、国家の役割と負担を多国籍企業の利害とかかわる国際関係に重点化し、国内では規制緩和と「地方分権」をすすめて国家の役割と負担を縮小する新自由主義の立場からも、内発的発展の必要が叫ばれるようになっている。」(23ページ)

内発的発展
というのは、それぞれの地域が外の大企業や中央国家のコンビナート計画とかによって左右されるのではなくて、地域のニーズに沿いながら、その持続的な環境保全的な開発を進めていく、というような意味です。つづけます。

 「1970年代半ば以降、画一的大量生産システムは危機に陥り、先進国経済は減速経済の時代に入り、新規工場の立地の多くは国内分散から国際分散の時代に移った。」

たとえば、アジア諸国のように日本より賃金が低い地域などに立地をする、ということです。

「低付加価値生産工場の多い地方圏だけでなく、比較的高付加価値生産工場の多い大都市圏でも、製造業は衰退し、産業空洞化の危機が叫ばれた。産業のリストラクチャリングはホワイトカラー層の人員削減にまで至り、雇用の危機が広がった。」

低付加価値というのは比較的単純な作業・組み立てなどで、高付加価値はハイテク、といわれてるようなものですね。続けて23ページから24ページへ:

「国民経済の成長すなわち繁栄する大都市圏の存在と新規分工場の国内地方立地という旧来の地域政策の前提条件が崩れた。いまや、経済発展の地域的不均等や産業・雇用の地域的分布の是正ではなく、経済発展あるいは産業や雇用の創出が国民経済の課題となった。国家の役割も変化した。」

つまり、大都市はほっとけば高度成長していて、その儲けをどう全国に分け与えるか、というようなのが国土政策だったのですが、バブル崩壊などもあり、大都市などにおいても、経済成長が鈍化して、「分け与える」どころではなくなってしまった、という意味です。

「低成長で財政危機に陥った福祉国家は、「政府の失敗」に対応するために改革を求められ、新自由主義の考え方の影響もあって、社会改良的な地域政策を縮小し、地域が自前で問題を解決する「地方分権」を推進するに至っている。

グローバリゼーションのもとで産業空洞化が進む諸地域で、諸地域の責任として内発的発展を進め、雇用を創出し、経済社会を維持する取組みを強化することが、新自由主義的国家の立場から望まれている。」

これが所謂「東京優先、地方切り捨て」ということでしょうか。悪く言えば。

「地域経済の危機に直面し、しかも、企業誘致など外来型地域開発や中央政府の地域政策に依存できない地方自治体は、権限や財源などの制約を広域合併による行財政の合理化で乗り越えながら、内発的な地域経済政策に取り組もうとしている。」

平成の大合併ですね。

「社会的意識の高い市民層もまた、公共依存を改め、NPO(非営利的市民組織)を組織して、福祉給食サービスや安全安心素材によるベーカリーや食品店、衣料品店など多様なコミュニティ・ビジネスを展開して、市民社会を自らの手で守り発展させる内発的な運動を強めている。」

これが地域のニーズに照らした協同主義的なというものです。地域の主に「生活」のニーズを高める、いや単なる生活圏から「コミュニティ」というような地域関係を再生させよう、というような動きです。

これ自体としては評価できるように見えるのですが、別の意味では、おかげさまで安心して地方を切り捨てられます。中央国家と大企業は東京の発展と国際競争における勝負に専念します、という意味でもある、という状況になっているのだ、という指摘があります。

 「地域からの内発的な取組みは、それ自体では、現実には、国家が社会国家を縮小し、社会的弱者を切り捨てながら、軍事と経済、両方の国際国家へと変貌していく、多国籍企業の時代の新自由主義的国家再編をサポートする役割を果たす可能性を内包している。」

中国や朝鮮などの隣国にライバル意識を燃やしたり、国際的な軍事的活動を強めようとしたり、また国連の常任理事会を狙ったりするような、そういう動きです。

「大企業が地方に工場進出をしたり、中央政府が大規模公共事業を地方に展開する時代には、地域に根ざした住民主体の内発的発展の理念は、それ自体で、独自の対抗的意義を示しえたが、地方への工場進出も国の公共事業や公共サービスも縮小し、国家や財界が、国家の地域政策を縮小し、諸地域や市民の内発的発展を求めるいまの時代には、古い中央集権的福祉国家を批判するだけでなく、新自由主義的国家をも超える新しい第3の国家像を展望しうるような内発的発展論と市民運動が求められる。」

古い中央集権的福祉国家、いわば、自民党の郵政改革反対派みたいな人たち、それから新自由主義的国家、これを越えるようなものは何か、ということで、また、章を改めて・・・・(この下に続く)
[PR]

by ganpoe | 2005-09-03 11:49 | Social or Economic
2005年 09月 03日

自由協同主義と地域の発展の関係

(この上から続く)
では、自由協同主義とは(ここで言うように地域の内発的発展、とか呼び名はまあ色々ありますが、地域自由協同主義!これでいいか??)何でしょうか、引き続いて中村剛治郎『地域政治経済学』から引用。
22ページ。

 「内発的発展論を運動論にとどめず政策論として発展させるという課題は、実際にはそれほど簡単ではない。」

要するに掛け声だけでなく、あるいは一村一品の特産物なんていう素朴なものだけにとどまるのではなく、製造業からそれに関係するサービス・一次産業、そして地域の歴史・文化・生活との関係などまで視野に入れたような政策論。また、農漁村だけでなくて、都市も考える政策論。

「内発的発展には、どの地域にも通用する一般的・技術的処方築はないからである。内発的発展の研究は、成功事例の紹介が中心であるが、条件の違う他の地域にそのまま適用しても成功しない。地域の人々が協同の組織に参加し、地域的共同性や地域的協力を重視する方向で、主体的で創意あふれる持続的な取組みを基礎に、地域に根ざした独自の発展の道を自ら創造的に追求するほかないからである。

それはそうだとしても、いずれの地域も人間の共同性を基礎とする地域である点で共通性をもっているので、内発的発展の比較地域研究の方法を重視しながら、内発的発展論の政策論的指向を強化していくことは依然として重要である。」

続いて24ページにかけて。

「現代のグローバリゼーションのもとで、また、地球環境のサステイナビリティが重要課題となり、工業化からポスト工業化・知識経済化への移行が加速している時代において、内発的発展論はいかなる意義をもちうるのであろうか。こうした現代的問題意識から内発的発展論の新たな展開が始まっている。

 世界経済への多国籍企業の支配が浸透し、多国籍企業の拠点である少数の世界都市を頂点とするグローパルなヒエラルヒー的地域システムが地球社会を覆い、個人や地域、国家を断片として組み込んでいく現実がある。この現実への対抗戦略をどう構想するか。

 人々が自由に生きる場、
 民主主義と社会的連帯の場、
 多様な地域文化を育て異質の文化との平和的相互交流を求める場、
 エコロジー的危機を解決しサステイナブル・ソサエティを実現していくための基本単位として地域を再生し、多様な諸地域が連帯する内発的発展のグローバル・ネットワークを形成する方向に未来像を見出そうとする都市構想が、金沢市の『金沢世界都市戦略への提言』として打ち出されている(本書第6章参照)。」

参照してください(笑)。ここでは飛ばして、先へ。

「内発的発展の主体として、市民団体、企業家、行政、大学、専門家など、地域に生きる人々の、下からの共同のカ(パートナーシップ型地域自治)が注目されている。

 その背景には、これまで、中央集権的国家のもとであれ、地域開発や環境、都市計画、福祉、地域産業振興など、さまざまな領域で地方自治による地域マネジメント能力が蓄積されてきたこと、市民運動が反対運動型から政策提案型へと発展してきたこと、地域の企業家が競争だけでなく協力による地域的競争優位の形成に目を向け始めていること、等々の経験が、内発的発展の政策主体としての力量を形成してきたという事実がある。」

というわけで、あんまりコメントをする機会が無かったですけど、さてどうでしょうか。

さっとこの部分を読んだだけでは、地域自由協同主義より、なんだ新自由主義のほうが現実性があるし、結局現在の政治的経済的力量から考えれば、そちらが優勢になっていくんじゃないの。大企業や東京のみに集中した成長は危険だ、といったって、国際競争が激しい現在、それらが倒れちゃったら終わりじゃん?元も子もない。それにハイテクな技術・製品を開発してるのも大企業ではないか?・・・・とおもわなかったでしょうか?

どうでしょう?本当にそれでいいのか、考えてみてください。その結果が、どの都市も同じ様な安っぽいビルが立ち並ぶ日本の現在の姿に行き着いた、ともいえます。

私は別に大企業を敵にする、とか昔の左翼みたいなナンセンスを言ってるわけではなくて、企業・資本と地域との対抗・連携関係は如何に、というような問題視角があまりにも軽視され続けてきているのではないか、ということです。
[PR]

by ganpoe | 2005-09-03 09:55 | Social or Economic