地域, 政治, 経済そして音楽・・・浅輪がんぽおのブログ

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2006年 09月 22日

北川裕二展 at 四ッ谷アート・スチュディウム

私が以前、一緒に活動していた美術家の北川裕二さんの展覧会を見に行った。彼が講師をしている近畿大学四谷分校(?)の1階にあるアート・スチュディウムで開催されている。道路に直接開いた、実に入りやすい場所である。

会は、「塵が窓を通過する(Dust passes through the window)」という題である。

作品は世界に通じる窓である。という意味がこめられている。では、塵はなんだろう?

塵は実は空気中、地表上にたくさんあるのだが、まず決して見ないものである。しかし、それが実は、世界の中のいろいろな物質の間の交流を仲介しているものでもある。塵にこそ世界の本質があるのかもしれない。

物自体、という言い方がある。人間は自分の持っている感覚だけで、物を知覚しようとする。しかし、それは感覚器官に限界があるから、理解する、知覚するのも実は限定されたものでしかない。

たとえば、りんごを赤いとか丸いとか、皮が滑らかとか、重い、おいしい、などと理解することはできるけど、「りんご自体」をそのものとして理解することは不可能なのだ。実は私たちが見ているものは、塵が見えない、というよりも、「塵しか」見ていないのかもしれない。

タイトルだけで、話が長くなってしまった。

作品は、ある技巧を用いて作られている。絵の具を塗りたくった紙を二つ、合わせあい、相手側に残った絵の具の跡で、絵を構成していく、という方法だ。そこには意図性と偶然性がマジありあい、思わぬような結果をもたらすことがある。

まるでモネの絵のような印象派的な仕上がりがあれば、歴史を帯びたにじみが残る石壁を思い起こさせる絵もある。北側さん自身が宇宙から見た地球の姿を見つけたものもある。ある絵には、私はリオのカーニヴァルでの踊り子を見た。

私が作品を評価するときに欠かせない要素がひとつある。それはインテンシティーだ。

密度の高い作品をどんどん作り出し始めた北川さんの作品にこれからも注目したい。

http://correlative.org/exhibition/2006/kitagawa/top.html
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by ganpoe | 2006-09-22 11:47 | Art
2006年 09月 20日

タイでクーデター

政局に混乱があったというのは聞いていたが、クーデターを現在のタイの発展レベルで起こすとは思っていなかった。515事件ぐらいの感じだろうか。もちろん、現在の日本でも、加藤衆院議員の実家を襲うなどテロはあるし、この民主主義への対抗という危機的な事件に対して、何のコメントもせず、素通りで過ごそうとした非民主主義的な小泉君、阿部君が存在しているのも確かではあるのだが。

なんと言っても私は民主主義支持者だし、そのために、非暴力と、基本的人権、と公開性を強く求めるのである。

タイのクーデターは、どんなに政府が腐敗していようとも、クーデターは絶対にとるべき手段ではない。

世界的な相互交流、相互依存が加速している現在、クーデターは国際信用をなくすだけである。

1国主義で国内のことしか考えられないようではだめだ。(ということを私がここに書いたからといって、何の影響力もないでしょうけど(笑))

同じ日に、外交無知、経済無知、官僚の準備した文がなければ政策討論もできない方が選ばれるであろう投票が行われる国もある。しかし、それは決してクーデターという手段を使ったものではない。

タクシン首相は、数年前のアジア危機に対し、欧米や世銀、IMF系の経済自由化、貿易障壁撤廃主義に反発して出てきた政権である。逆に農村などを含めて内需を拡大させ、欧米の市場に依存する(投資も含めて)構造を組み替えようとした。ところが、そのような過程の中で、国内的にも大きなひずみを作り、また、内需拡大、でよく起こるように国内業者との癒着が生まれ、(日本でもそうでしたよね)結果、それが市民との対立となった。ちょうど、田中角栄を思い出させる。


「都市と農村の対立」は古典的なテーマですね。「企業家と労働者の対立」も基本テーマ。マルクスやらJ・S・ミルなどの古典的な経済学者が欧米における産業革命と資本制の成長の中で、問題にしました。

高度成長を目指すときに、必ずといっていいほど起きてくる現象のようです。日本でも、都市の過密問題と農村の過疎問題というのは、高度成長期大きな問題でしたし。

バブル後の不景気の後、強引に高度成長させようという新自由主義的な経済政策の下で、現在、地方の疲弊が激しく、また非正規雇用者の低賃金化、そして正社員たちの過剰労働が問題となってきているのもいい例だと思います。

その後に経済成長したアジア諸国でも必ず、この都市と農村の対立、一極集中、の問題が出てきていますね。

韓国のソウル、台湾の台北、そして中国の沿海部。これらに過密問題が発生し、そして農村や他の中小都市との格差の問題が生まれます。

タイもそうでした。

今回のクーデターを国民の大多数が支持している、という世論調査が出たようですが、これはたぶんバンコクなどの都市部、しかも高学歴の中間層を狙って行ったのではないでしょうか。

都市と農村の対立、労働問題をこうやって軍事力で強引に収めようという考えはファシズム的といえましょう。

今日の朝日新聞の記事より引用します。

http://www.asahi.com/international/update/0921/017.html
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地方の不満どこへ? 都市と溝深く タイクーデター
2006年09月21日23時11分

 クーデターで追われたタイのタクシン前首相は、歴代政権が軽視してきた貧困対策を売り物に、地方の農村で絶大な支持を受けてきた。21日、東北部の農民らはなおタクシン氏への支持を口にした。政変を経た今、貧困層が抱える不満に新たな受け皿ができるのかどうか先行きは見えない。新政権の対応しだいでは地方と都市部の分裂が、なお増幅される恐れもある。

 「私が生きながらえられたのは、タクシンさんのおかげなのよ」。タイ東北部のナコーンラーチャシーマー県。水田が一面に広がるブソアン村で、主婦のワンさん(66)がつぶやいた。

 国民のだれもが、30バーツ(約90円)で医療を受けられる。タクシン政権が目玉として打ち出したこの政策は、医者にすら行けなかった農民たちの心をとらえた。妹のアドさん(49)がブタを飼えるようになったのも、前首相が導入した低利融資「村落基金」のおかげだ。

 湖のほとりの食堂にいたヤニサさん(20)も、タクシン氏を今も支持する。「次の首相を軍が選ぶなんて間違っている」。柱にタクシン氏の色あせた写真が張ってあった。

 一族による株取引疑惑をきっかけにバンコクで退陣運動が広がる中、北部や東北部の農民が「貧者のキャラバン」を名乗り、タクシン氏への支持をアピールするためトラクターでバンコクまで駆けつけた。リーダーだったクムタさん(55)は「タクシン氏は貧困撲滅に農民自らを参加させ、我々の目を見開かせてくれた」と振り返った。

 しかし、首都バンコクの市民は冷めた反応が目立つ。21日朝、オフィスビル街の証券会社で株の売買をしていたスチャラットさん(47)は「クーデターは短期的には経済に影響するけど、これで長期的な問題が取り除かれた」と淡々と話した。

 退陣運動をリードしたのは、都市の中間層だった。貧困削減の成果よりも、汚職疑惑や一族への利益誘導疑惑などの「倫理」を問題にした。長い政争を経ても、タクシン氏を支持する農村と都市中間層の溝は最後まで埋まらなかった。

 都市でも貧困層にはタクシン氏の支持者が多い。モーターバイクの運転手たちは、政局の混乱が続く中で同氏支持のデモを繰り返した。以前はマフィアに牛耳られ、場所代を払わなければならなかった状況から前首相が解放してくれたからだという。いつも参加していた運転手(54)は「次の政権が我々のために何かしてくれる保証はない」と話した。

 だが、今は戒厳令下。この運転手は「今は何も言えない。しばらく様子を見たい」とも言う。

 クーデターで全権を握った「民主改革評議会」は「国の統一」を強調するが、タクシン氏の退場はいわば、都市層住民の要求に沿った形。政変を経ても、分裂状態は変わらないままだ。
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by ganpoe | 2006-09-20 11:45 | Social or Economic
2006年 09月 11日

5年前の今日を思い出す。

5年前の9月11日、私はニューヨークに滞在していた。

その前日、日本からいとこが訪ねてきて、ニュージャージーにあるニューアーク飛行場まで迎えに行った。お互い金がなかったので、最安のバス+NJトランジット電車の組み合わせでマンハッタン島に向かった。途中ちょうどNJ側からマンハッタンが、ハドソン川を越えて見られる場所があって、そこでちょっと下車しようか、と話し、駅を降りた。

激しい雷が空を騒がせていた。対岸のマンハッタンの高層ビル群の夜景に向かって、いくつもの稲光が落ちた。貿易センタービルの上へも。私たちは何枚かの写真をとって、また電車に乗り込み、川を渡って、貿易センターの下の駅に降り立ち、地下鉄に乗り換えた。

次の日、いとこは博物館を見学に行く、といって朝、家を出た。その後、日本の親から電話がかかり、大丈夫か、と聞いてきた。あわてて、テレビをつけたら、数チャンネルしか映らない。スペイン語のチャンネルが一番良く映ったので、それを見ていた。

画面の向こうのビルが崩れるとともに、ケーブルに接続されず、電波頼りの私のテレビは、まったく映らなくなった。

ふと、いとこがほとんど英語をしゃべられないのを思い出し、急いで、彼が行くといっていた博物館を目指した。途中ハドソン川のずっと川下に上がる煙を見ながら。

偶然にも、その博物館の入り口で、何が起こっているのか、要領を得ていなかったいとこに会った。

町中、どこもふさがっているよ、といったが、彼はいけるところまで南下してみる、といって別れた。

夜、帰ってきたいとこと二人で、復帰したテレビ電波で、ビルから飛び降りていく人々を見て、テロの結果の恐ろしさを感じあった。

私の同級生だった日本人とはしばらく連絡が取れなかった。携帯にメッセージを残しておいたら、数日後に電話がかかってきた。彼は貿易センターで働いていて、彼の上司は幾人かなくなり、彼の財布も鍵も、携帯もオフィスとともに、無くなってしまった、といった。

私は、ハドソン川のずっと向こうにいつまでも上がり続ける煙を見ながら、ああ、アメリカは去勢されたのだ、と思った。そして、これに対して、報復しようとするだろう。既にこれが報復だとは知らずに。テロという方法では、世の中は悪化していく一方だ。
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by ganpoe | 2006-09-11 11:44 | Social or Economic
2006年 09月 03日

キャッシュフローと資本主義

資本の運動というものはどういうもので、どうやったら、いわゆる「資本主義」でなくなるのか。いろんな視点があると思うのですが、何しろ、しっかり資本というものがどんなものか、分からずにはなしているところもあるので、難しい。たとえば、「資本」と「資本家」は違いますね。さらに資本家といった場合、いわゆる「株主」と「経営者」は違います。こういうことを厳密に分けずに議論し始めると、感情論めいたものになってしまいます。

ところで、資本とは何か、というものの一つの定義として、銀行資本から金を借りる、その利子を返すためだけに、資本は走り続けているようなものだ、という議論があります。

これは確かに借入金から多くを得ていた、例えば高度成長期の日本の企業システムに当てはまるかもしれません。メインバンクといわれた銀行から大量に資金を借りて、どんどこ生産設備に投資した。それが急速な技術発展と高度成長につながったのです。それは簿価会計の土地を担保とすることで可能になったシステムですね。

これが、現在、土地の右肩上がり(値上げ)神話の崩壊、時価会計の導入、そのほかで崩れつつあるといいます。その結果が、間接金融(銀行からの借り入れ)から、直接資本(株式による自己資本、あるいは営業利益からの自己資金)に変わりつつあるのです。貸借対照や、損益では無く、キャッシュフローを重視するようになった、というのもそのような一連の動きの一つです。つまり自己資金の状況に関心を持つようになった。

ということは、銀行=金融資本の支配、というマルクスが資本論第三巻で描いた姿が、まさにマルクスがまた述べたように、金融・信用の発達自体が、その土台を揺り動かす、という形になってきたのではないでしょうか。

・・・そうすると、現在はもう資本主義ではなくなりつつある?

残念ながらそんなことはありません。賃労働は残っていますしね。ただ、その部分でも、いわゆる知識労働、というところでは、差益還元、持株制などによって、労働者自体も株主=資本家=経営者、と化しつつあります。確かに少しづつ変化しつつあるのですね。

問題はそうやってコントロールができるようになった労働者たちが、コントロールをして何をするか?今までのようにやはり収益追及、市場拡大だけではだめでしょうね。

これを考えるために、マルクスとは違い、資本論から外にでる必要があります。

いわゆる「公」の領域(官の領域ではない)の問題です。社会的価値ーーー環境、生活、文化、自己実現、出会い(?)−−−というような。
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by ganpoe | 2006-09-03 11:40 | Social or Economic