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2010年 10月 09日

資本の命がけの跳躍

マルクス資本論というと難解そうだが実は一つの事だけを元に書かれている。

資本の命がけの跳躍だ。

売れるかどうか分からないのに最初に金を投資せねばならない、命がけの跳躍。

この命がけの跳躍、ということから二つの結果が生み出される。

1)命がけの跳躍をしなければならないので、利潤を得た場合はとことん、増やそうと思うこと。
資本の飽くなき欲望だ。
だから、資本家は経営者はどんどん成長しようと考える。
たとえ、それが多少の社会的害を及ぼそうとも。公害を生み出したり、環境に負荷をあたえたり、長い歴史や文化的価値のある物を壊してしまう可能性があるとしても。あるいは、労働者への分配をなるべく抑えようという欲望も生まれる。

2)命がけの跳躍をなるべく避けようとする。 つまり、確実に「売れる」ようにしたいと考える。
一番考えやすいのは、税金だ。
税金を扱う行政府に何らかの形で取り入れば、確実に納品でき、安心できる。
道路事業から原発産業、軍事産業まで、これらを「安定的収入」のもととして、資本家は経営者は確実にキープしようとする。
癒着が始まる。
全く社会的に必要がなくなってきていようとも、とてつもないコストと災害カタストロフィが予想されようとも、あるいは、それぞれの行政府の国家の威信を保つためだけの軍事力となってしまおうとも、「命がけ」も「跳躍」も避けたい人々は群がる。
あるいは、別の場所で「命がけの跳躍」を試みるためにも、確実な売れるところを保証として残そうと考える。

この「命がけの跳躍」を行わなければならない「資本の動き」の制度、これを原始的蓄積から、製造業から、再生産式から、個別利潤が社会的剰余へ転形する仕組みから、金融制度から、さまざまな方面に探りを入れていく、これが『資本論』という本だ。

(しかし、なぜかマルクスは国家を描かなかった。上でいう 2)の問題が書けていない)

なぜ「命がけの跳躍」をせねばならないのか、それが価値形態論になる。

つまり、人と人は市場で交換したいとき、「金銭」を媒介せずには不可能だ。しかし、金銭は全ての商品の価値を表すことができる「商品の王様」として現れる。だから、他のあらゆる商品より「金銭」は市場価値を持ち、「金銭→商品」の交換は容易なのに、「商品→金銭」の交換は困難きわまりない。

だから、「商品→金銭」の交換をなそうとする商人は「命がけの跳躍」に対するしかない。


では、このような「資本制度」からくる、いろんな矛盾を解決するにはどうしたらいいか。
上の 1)、2)の条件をじっと見つめるしかない。
ヒントは「命がけの跳躍」だ。
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by ganpoe | 2010-10-09 18:05 | Social or Economic