2011年 05月 06日

5月5日の世田谷エネルギーシフト55パレード

5月5日の世田谷エネルギーシフト55パレード

世田谷区のデモでは最大と思われる800名の参加者で街が溢れました。
主催してよかった〜これからもっといろんな人とつながって、エネルギーシフト、きっと実現しようね。

この映像が出色の出来!




この撮影者 bakarockgunzou さん、どなただろう?
ぜひ連絡したいので、ご存知の方いれば、教えてください〜


今回のイベントを始めた切っ掛けは、前から反原発の立場だったけれど、もちろん311の東日本大震災がある。

保坂のぶとさんの決起集会で高円寺の反原発デモを主催した人にお会いした。
世田谷でもやろう、でも、世田谷ではもっと前向きにやりたいな、と思った。

色々な事情で5月5日に決定、その時、4月25日。わずか10日ほどしか無い。
でも原発事故による放射能被害は一番、子どもに影響がある。そして、福島を含めた原発廃棄物の処理はずっと子どもたちの世代がやっていかなえればならない。5月5日のこどもの日に、自分たちが生活する世田谷で行うのはとても適切に思えた。

いきおい、いきおい。

こどもの日なので、子どもの頃を思い出すと、中学校のとき、授業中で廊下から音楽が聞こえてきた。ジョン・レノンの「イマジン」。
隣で英語の授業をやっていたようで、その教材でかけていたようだ。

自分は、英語なんて分からなかったけど、ピアノの音が本当にきれいで、一気に周りの空気が澄んだような気がした。
図書館で、早速その歌詞を調べてみたら「想像してごらん、世界の人々が平和で暮らせる日を。夢見る人というかもしれない。でも、みんなで想いを共有できたらいいな。」

そういう想いをずっと持ってた。少しずつ世界は良くなってきてるんだ、と思います。
そのために、わずかですけど、自分でも、下北沢の街をまもる活動や、マンガで世界の仕組みを語る「トランスコミック」という活動をしてきたりした。

311の大震災が起きた。すべてが変わってしまったと思いました。悲しみや不安や怒りや後悔や。。。いろんな想いが胸をよぎった。

実は911の時、ニューヨークにいました。すぐ近くで燃えて崩壊していく貿易センターをみながら、そのときには絶望しかなかったです。このあと、世界はどんどん悪くなるだろう。テロと報復の戦争が始まるだろう。

今回十年経って、オサマ・ビン・ラーディンの話があった。それだって、全然世界が良くなっていくとは思えません。テロと報復の連鎖はどちらも、世界を良くする要素がない。想像がない。

311は、大変な事態です。でも、そこにはわずかながら希望があります。これを乗り越えれば、良くなっていくのではという希望が。わずかだけれど、でもその「希望」を示したい。そう思って前向きに歩こうというパレードを計画した。
わずか10日間で、5人ぐらいの中心メンバーで。

パレードの前日、準備を終えたあと、遅くまで改めて今回のパレードの趣旨を語り合った。ひとりひとり個人が参加して、不安や希望やいろんな想いを語り合う場所にしたい。そんなようなことを語り合って、夜道をひとり帰る途中の世田谷のまちの風景を見ながら、なんかそれがとても愛おしい風景に思えた。

自分は子どもの頃から引っ越しばかりしていて、いわゆる「ふるさと」という感覚がよくわからず、その帰る場所は特にない、という気持ちが逆に自由でいいな、とも思っていました。No Direction Home

でも、今度のパレードでいろんな人と出会い、深く語り合って、なんか愛おしいような、懐かしいような、そんな場所に世田谷が思えた。自分がその一部になっているようなそんな感覚。

ふるさと、という歌はいま本当に心に響く歌です。

うさぎおいし、かの山〜
帰ってくるときにいままでの志はどうなった、と試されるところ。

ふるさとは被災された方達には、本当に悔しいだろう、もう帰れないかもしれない、大きく変わってしまった場所かもしれない。

自分の人生も311で大きく変わってしまいました。
でも、ある意味、想いはぜんぜん変わっていないかもしれない。かえって深まったかもしれない。

想像してごらん、世界の人々が皆、平和で暮らせる世界を。想いを共有すればかなうはず。

せっかく出会ったのだから、隣の人と語り合い、うたを一緒に歌って、想いを分かち合える、そういう場所にしたい。
そして、想像できたら出来ることがある。
一緒に歩き出しましょう。行動を、地域で起こしていきましょう。

過去の祖先たちに感謝しながら、ふるさとを支えながら、未来の子どもたちのために、歩きましょう。
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# by ganpoe | 2011-05-06 22:30 | Social or Economic
2011年 05月 04日

「世田谷エネルギーシフト55パレード」開催趣旨

2011年5月5日(こどもの日)開催
「世田谷エネルギーシフト55パレード」開催趣旨

脱原発の流れは既に「現実」のものになっています。
次の課題は,エネルギーシフト、代替エネルギーを使う社会が可能であるということ,
 これが「確実」であるということを示すことです。

新たな区長も誕生し,ここ世田谷でエネルギーシフトへの動きを大きく始める,
そういう願いを込めて,「世田谷エネルギーシフト55パレード」を企画しました。

世田谷を代替エネルギーの拠点に,実験場に,
「『再生・持続可能な新エネルギー』の研究・開発拠点とし,
大型開発優先の区政から転換」を!

こどもの日にあたって,子どもたちの未来はどうあるべきか。
勇気を持って,鯉のぼりのように上に向かって歩きましょう,声を上げていきましょう。

代表 浅輪 剛博
(あさわ たかひろ)

世田谷エネルギーシフト55実行委員会
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# by ganpoe | 2011-05-04 12:04 | Social or Economic
2011年 05月 04日

5月5日(木) 子どもの日 世田谷エネルギーシフト55パレード

脱原発は現実、エネルギーシフトを確実に!

五月五日、世田谷エネルギーシフト55パレード。

渋さ知らズ有志参加!岩上安身さん、保坂展人さんほか激励の声。

12時半集合、14時出発
梅ヶ丘・羽根木公園から下北沢まで

http://bit.ly/itj9Wf
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#seta_eneshift55


5月5日(木) 子どもの日 世田谷エネルギーシフト55パレード
集合:12時30分
出発:14時00分

アフターピクニック:15時頃〜

集合場所:羽根木公園草広場・梅林入口
(梅ヶ丘駅から徒歩2分)
到着場所:代沢せせらぎ公園
(下北沢駅から徒歩 12 分)

最新情報〜♪

渋さ知らズオーケストラ、参加決定!
有志メンバーが来て頂けます!みんなで踊ろう〜♪

お昼くらいから、草広場で子どもたちと一緒にプラカードや横断幕に絵を描いたりするWSスペースも準備予定だよ〜♪

賛同団体&メッセージ。申出も増えています。
賛同団体、まだ受付ていますよ〜♪

twitter、ハッシュダグは、
#seta_eneshift55


子どもたちの未来のために歩こう 〜

「世田谷エネルギーシフト55パレード」開催

2011年5月5日(木) 子どもの日






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エネルギーシフトへの流れを、

今・ここ世田谷からはじめよう。

みんなが知恵を出し、

支え、助けあい、つながりあい、

子どもたちが安心して外で駆けまわる、

未来を一緒につくりましょう。



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東日本大震災と原発事故から、2ヶ月が経とうとしています。

想いをたくさんの方たちとともにわかちあい、
子どもたちの未来へつながる道の一歩を
みなさんと一緒に歩いていけたらと思います。

楽しいパレードを予定しています。
プラカード、楽器、なりものなども是非、ご持参下さい。

また解散地の代沢せせらぎ公園では、
参加して頂いたみなさんと交流の場になればと、
アフターピクニックをします。

どうぞお気軽にご参加下さい。



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2011年5月5日(木) 子どもの日




集合:12時30分
出発:14時00分

アフターピクニック:15時頃〜

集合場所:羽根木公園草広場・梅林入口
(梅ヶ丘駅から徒歩2分)
到着場所:代沢せせらぎ公園
(下北沢駅から徒歩 12 分)

コース
羽根木公園(草広場)〜梅ヶ丘駅南口側〜梅ヶ丘通り〜環七通過〜代沢十字路通過〜 代沢せせらぎ公園


・出発までの時間はアピールとライブを予定しています。
・パレード終了後にアフターピクニックを予定しています。
ピクニックからも参加できます。
 食べもの、飲み物、おやつなどをご準備可能な範囲で
お気軽にご参加下さい。



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【主催】
世田谷エネルギーシフト55実行委員会


【賛同団体】
シモキタボイス実行委員会、世田谷市民運動いち、たがやせ世田谷区民の会、トランジション世田谷 茶沢会、
ふろむあーす、ふろむあーすカフェ・オハナ、トランスコミック、気流舎、Never Never Land、Save the 下北沢、
世田谷ボランティア連絡協議会、発信する子どもたち 他 呼びかけ中



【連絡先】
seta.eneshift55@gmail.com(矢郷)
090-9965-2374(浅輪 )

カンパを募ります。運営経費を除き、被災地支援を行っている世田谷ボランティア協会とプレーパーク世田谷に寄付いたします。



開催への想い


東日本大震災と原発事故から、自然エネルギーを利用したエネルギーシフトの願いがひろがっています。
私たちの暮らす世田谷でも、想いを同じくする声を聞くようになりました。

地域でエネルギーシフトへの流れをつくるために、まずいろいろな方とのつながりを深めていくことの大切さを感じ、今回のパレードを企画しました。

世田谷は市民活動の活発な地域でもあり、様々な活動で地域に根を下ろしている方々がいます。そういったみなさまとのつながりづくり、また活動をしている人だけでなく、お母さん、お父さん、子供たち、学生たち、地域でお店を開いている人たちなど、広くいろいろな方と出会い、つながりを深め、一緒に歩いていければと思います。

子どもたちの未来を願い、急遽ではありますが、はじめの一歩を「子どもの日」とさせて頂きました。

地域でのエネルギーシフトへの取り組みをみなさんと楽しんでいきたく思います。


賛同団体を募集しています。

世田谷区内のさまざまな団体、区内や区内だけでなくエネルギーシフトの活動をする団体や想いを同じくするみなさまと
広くつながっていきたく思います。

ご賛同を頂ける団体を募集しています。

下記までお知らせ下さい。

Email:seta.eneshift55@gmail.com
FAX:03-3417-0776

賛同団体名:
メッセージ:可能でしたら(長さはお任せいたします)

をお伝え下さい。

 :::::::

これまで賛同頂いた団体(順不同)

シモキタボイス実行委員会、世田谷市民運動いち、たがやせ世田谷区民の会、トランジション世田谷 茶沢会、
ふろむあーす、ふろむあーすカフェ・オハナ、トランスコミック、気流舎、Never Never Land、Save the 下北沢、
世田谷ボランティア連絡協議会、発信する子どもたち、インディユニオン、LADY JANE、SHELTER(ロフトプロジェクト)、Mother、オルタード・ディメンション、平和食堂・吉田屋、Body coordinate salon ウハネ、いわきフラオンパク実行委員会、フリースクール僕んち・タカハシトール、メイド・イン・アース/(株)チーム・オースリー、EARTH CREW、9ぱんや 他 呼びかけ中



メッセージも頂きました!

・メイド・イン・アース/(株)チーム・オースリー

 子どもの笑顔は私たちの宝物
 子どもの未来は私たちの希望
 子供たちのために、地球のために、
 グリーンなエネルギーに今こそシフトしよう!

・EARTH CREW

 こどもたちの未来のために
「あーと」が「はーと」にできること

 世田谷から地球の子供たちへ
 想いをつなぎましょう!

・9ぱんや

 未来に生きる子供たち、今を生きるこどもたちが、
 なにものにも、おびやかされず、
 自然エネルギーのあたたかさの下で、輝いて生きてほしい。
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# by ganpoe | 2011-05-04 10:42 | Social or Economic
2010年 10月 09日

資本の命がけの跳躍

マルクス資本論というと難解そうだが実は一つの事だけを元に書かれている。

資本の命がけの跳躍だ。

売れるかどうか分からないのに最初に金を投資せねばならない、命がけの跳躍。

この命がけの跳躍、ということから二つの結果が生み出される。

1)命がけの跳躍をしなければならないので、利潤を得た場合はとことん、増やそうと思うこと。
資本の飽くなき欲望だ。
だから、資本家は経営者はどんどん成長しようと考える。
たとえ、それが多少の社会的害を及ぼそうとも。公害を生み出したり、環境に負荷をあたえたり、長い歴史や文化的価値のある物を壊してしまう可能性があるとしても。あるいは、労働者への分配をなるべく抑えようという欲望も生まれる。

2)命がけの跳躍をなるべく避けようとする。 つまり、確実に「売れる」ようにしたいと考える。
一番考えやすいのは、税金だ。
税金を扱う行政府に何らかの形で取り入れば、確実に納品でき、安心できる。
道路事業から原発産業、軍事産業まで、これらを「安定的収入」のもととして、資本家は経営者は確実にキープしようとする。
癒着が始まる。
全く社会的に必要がなくなってきていようとも、とてつもないコストと災害カタストロフィが予想されようとも、あるいは、それぞれの行政府の国家の威信を保つためだけの軍事力となってしまおうとも、「命がけ」も「跳躍」も避けたい人々は群がる。
あるいは、別の場所で「命がけの跳躍」を試みるためにも、確実な売れるところを保証として残そうと考える。

この「命がけの跳躍」を行わなければならない「資本の動き」の制度、これを原始的蓄積から、製造業から、再生産式から、個別利潤が社会的剰余へ転形する仕組みから、金融制度から、さまざまな方面に探りを入れていく、これが『資本論』という本だ。

(しかし、なぜかマルクスは国家を描かなかった。上でいう 2)の問題が書けていない)

なぜ「命がけの跳躍」をせねばならないのか、それが価値形態論になる。

つまり、人と人は市場で交換したいとき、「金銭」を媒介せずには不可能だ。しかし、金銭は全ての商品の価値を表すことができる「商品の王様」として現れる。だから、他のあらゆる商品より「金銭」は市場価値を持ち、「金銭→商品」の交換は容易なのに、「商品→金銭」の交換は困難きわまりない。

だから、「商品→金銭」の交換をなそうとする商人は「命がけの跳躍」に対するしかない。


では、このような「資本制度」からくる、いろんな矛盾を解決するにはどうしたらいいか。
上の 1)、2)の条件をじっと見つめるしかない。
ヒントは「命がけの跳躍」だ。
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# by ganpoe | 2010-10-09 18:05 | Social or Economic
2009年 08月 08日

大王わさび農場

信州は、安曇野の大王わさび畑で、短い休暇を楽しむ。

大王というのは、八面大王という人物のことで、坂上田村麻呂(平安時代に蝦夷(えみし)相手に北征を行った人物)のきつい貢(強奪)に反抗して立ち上がった人物だ。彼は破れ、この地にある洞窟に隠れたが処刑されたと伝わる。

現在では、わさび農場が広大に広がる。一定の温度のわき水において成育するために、中央アルプスからの冷たいわき水が豊富にあるこの辺りに、わさび畑が広がることになった。近くのレストランやみやげ屋には、当然のようにたくさんのわさび、わさびグッズ、わさび料理。 わさびたくあん、野沢菜、はまだ分かるが、わさびカレー、わさびコロッケは、ヘンな感じ。でもおいしそう。でも、わさびビール、わさびチョコ、わさびワインはどうなんだ?

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この近くに穂高神社があり、古代に北九州とつながりがあった由来が書かれている。 この山奥から遠く朝鮮半島まで出征して、新羅と戦うために百済軍に混じって戦ったそうだ。

信州山奥には、朝鮮から北九州を通り、日本海側の海の道を通り、今の石川、富山、新潟から入植した朝鮮系の人が多い。

当然ではあるが、日本の歴史上、ずっと日本海側が中心であって人口も太平洋側よりずっと多く、朝鮮・中国・モンゴルとの関係も深かった。信州は、その後背地として、色々な変化を経験してきたのだと思う。

鎌倉幕府ー江戸幕府という流れで、つい日本の歴史も太平洋側中心に考えがちだが、ちょっと見直しも必要なのではないか。
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# by ganpoe | 2009-08-08 13:23 | Social or Economic
2009年 06月 21日

組織人とアナーキー

昔、60年ぐらいに、アメリカでベストセラーになった本で、
「組織人」Organization Man
というのがあるそうだ。
自分は読んでいないので、よく知らないが、

要するに、アメリカは個人主義の国だ!と主張してきたが、実際は、ほとんどが組織で囲まれた社会になっていて、「個人主義」で動いているつもりでも実際は、組織にくるまれた利害関係でしか行動できなくなってきている、

ということだと聞いている。

アメリカで組織が発展してきたのは、19世紀の終わりぐらいからの鉄鋼業とか、フォードなどの自動車産業が発展してきたころからだと思う。

その組織を擁護する思想として、例えば、全体主義(ナチス)のおおうオーストリアから逃げてきた経済学者シュンペーター(彼は20代で大蔵大臣みたいなことをやり、全体主義に流れていく官僚組織にこりごりしていた)や、後に経営コンサルタントとして高名になるドラッカーがいた。

かれらは、全体主義に流れていく祖国をみながらも「多くの人たちをまとめていく」必要がある時代の流れを感じていた。しかし同時に国家全体主義になることの危うさーー差別、思想の統制・・・を感じていた。

だから、「多くの人たちをまとめる」と同時に「個人主義」を成り立たせる方法を深く考えざるを得なかった。

そこで、「組織」「経営」それから「イノベーション」などの考えを発展させたのだ。

シュンペーターによれば、社会を変えていくのは新しいアイデアを実現させていく「起業家」だ(これは、ビジネスだけでなく、文化や環境や医療や科学・・・いろんなところに当てはまるだろう)。しかし、彼らのアイデアを実現させるには、資金がいる。 これを銀行などが信用創造を行い、支える。

ドラッカーは、もう少しミクロなところから、このような起業家精神を維持していくための「企業」や「NPO」の組織はどうあるべきかを説いた。

組織は利益追求よりも(それは評価を表す客観的尺度であって)「目的」ミッションこそが中心に添えられなければならない、と主張した。

例えば、企業のトップに寄り添うような組織ではなく(それは腐敗する)ミッションに寄り添い、その達成に向かっていく、そのためにはトップは尊敬されるようでなければならないし、社員を第一に幸せにさせなければならない・・・各論をいえばきりがないが、「マネジメント」という名著を読んでいただきたい。これにはエッセンシャル版もあり、実に良くまとめられている。

しかし、二人とも同様に、これらが大企業化につながり「組織人」を作り出すことを感じていた。シュンペーターの『資本主義・社会主義・民主主義』やドラッカーの『ポスト資本主義社会』など。

たとえば、公害病として悪名高い水俣病をうんだチッソという会社は、内部の研究所で、水銀中毒の可能性を既に察知していた。しかし、「組織人」であった彼らは良心の痛みを感じながらも、それを外部に出そうとせず、隠し続けた。

なぜ隠し続けるか? 自らの属している「組織』の利益に貢献しない限り、生活していけないのではないか、という恐れがあるからだ。

悪いニュース、その他含めて、公開していけば、このような「組織」があっても「組織人」が生む弊害はなくなっていく。そのためにはどうしたらいいのか。

実際のところ、悲しいことだが、水俣病をはじめとする、とてつもない被害が起きて、社会が動き出して、国家や自治体が法制化などせざるを得なくなる・・・そういう形でしか、「組織」は良くなっていっていかない。戦争の被害があって、やっと反戦運動が動き出すようなものだ。国際連合も、第二次大戦の甚大な被害によって、やっと出来たのだ。

ほかに、「組織人」を離れる方法はないのか?

たとえば、「組織」から自立して人間は生きていけばいいのではないか?という問いもあり得よう。

しかし、実際として、すべて自分でリスクを負うのは怖い、という人が多いので、サラリーマン、官僚のままでいた方が良い、と言う人が多いだろう(最近はサラリーマンのままでいた方がリスクだよ、という説もあるが。サラリーマンがミスをしたとしても会社は結局責任を取らず時間が過ぎるのをまち、ミスをした人が左遷されたり、首になるのがやまだ。)。

しかし、組織を離れて自由人となっても、社会にはあちこちに組織があるし、仕事をしていく限り、それらの組織に気を使ったりしなければならない。また、自分が自由人になって起業家になっても、自分の仲間たちを・会社を「組織化」するだろう。

完全な自由人(アナーキー)は不可能だ。

それは貨幣を無くさないと、成り立たない。貨幣に頼る必要がなければ、あらゆる「組織」に気を使う必要はなくなり、たしかに人間は本当に自由になれる。

しかし、貨幣を無くすことは出来ない。

貨幣は、いわゆる「交歓価値」を保証するもので、それを持っていることによって、色々必要なものや、欲望するものを「交換」によって手にすることが出来るからだ。

貨幣がなくなったら、どうやって生きていくか。

動物と同じである。

完全な自給自足か、「家族」みたいなところで「たすけあい/おくりもの」をするか、「奪う」しかない。

昔、ポラーニーという経済人類学者がまとめた3つの交換がある。

自給自足は、交換でないから置いといて(といっても、自然から奪い、還し(排泄物、死体などの形で)という「自然との交換」は残る)

1)たすけあい/おくりもの (互酬制)
2)奪い/再分配する (奪い続けているだけでは、奪う相手がいなくなってしまうので、適度に再分配する)
3)市場に置ける交換(お互いに値踏みして、合意して交換する。物々交換から貨幣による交換に変化していく)

これ以外に交換の方法はない。そして、これらの交換がなければ、人間界は成り立たないし、動物界も、自然界までも、最初の二つの交換がなければ、ある意味成り立たない。

これらの3つの交換方法が現代社会で全体化したものが生み出した組織が次の三つだ。(柄谷行人『世界共和国へ――資本=ネーション=国家を超えて』)

1)国民国家(Nation)
2)官僚制国家(税金を奪い、それを公共事業として分配する)
3)資本制

そして、これらを無くすのは不可能だ。そもそも3つの交換がなければ、人間社会が成り立たないし、現在の科学技術の程度が、上記3つのレベルの組織を要請するからだ。

(あまり深く考えていない)アナーキズムの不可能性は、これらを無くそうと考えることにある。

これらを変化させることしか出来ないし、それこそが問題なのだ。

それらを変化させるためには、もちろんアナーキスト的な運動による圧力ももとにあるかもしれないが、しかし根本的には、それぞれ3つのシステムにある根幹となっているものを尊重せざるを得ない。

それらを尊重して、それらを変えていく、あるいは、より合理的に、市民生活に生かせるものに変えていくのが変革の方向である。

1)コミュニティ
2)法
3)起業と信用創造

これら3つは尊重せざるを得ないし、これらを生かしながら、では、どういう形の社会の形を描くのか、つくっていくのか、という問い方をせざるを得ない。

この点で、地域政治経済学には私は惹かれるのだが、もちろん、これだけですべてが片付く訳ではないだろう。
プルードンは、アナーキストの中でも、これらを意識しながら行動していたし、書いていた。一つには、かれは、起業家でもあり、国会議員でもあったからだと思う。


(久しぶりに長い文ですみません。同じようなことを何回も書いている気がするのですが、時には、こういうイデオローグ的な総論も、述べる必要があると思いました。友人に酔った席であおられたこともあり(笑)・・・。現在の自分は、こういう総論より、個々の自分の現場に置いて何をするか、どういう問題があって、それぞれをどういう人に問いかけて、変えていくか、という各論に最大限の興味がある訳ですが・・・後は、愛とか、詩とか、音楽とか、酒とか(笑))
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# by ganpoe | 2009-06-21 12:54 | Social or Economic
2009年 06月 19日

代表の下平さんです

シモヘイさんの記事が載っているとの情報をキャッチ。

いやいや、世の中には多才な人がいるものだ。彼の現在の役職(?)

日本バックギャモン協会元会長(現在現役選手)
歯科医
ロックバーオーナー
Save the 下北沢 代表
おもちゃ博物館・・・の何かのまとめ役
ミュージシャン(?)
夜ごと、下北の店という店を、はしご酒・・・

ええ、私の役職は・・・

色々やってるのは変わらんけど、どれもシモヘイさんと比べるとレベルが低いなあ。


下に再掲したのは、以前、彼のバーで行った記念ライブのレポート
===========

Save the 下北沢 Night Vol.4 レポート (浅輪)

雪の中、アスファルトの黒い夜道が白く変わった頃、「Save the 下北沢 Night Vol.4~あゆむ街」が始まった。

文化発信基地としての下北沢という特徴を守り続けると誓うお店、Never Never Landの新しいオーナーにSave the 下北沢代表の下平氏が就任されるのを祝ってだ。

そこで私が思ったのが、音楽だけ、芝居だけ、とかいうのではなく、下北沢の文化の特徴として色々な異業種が集まってまさに異文化交流する、そのミクスチャーの中から、新しい刺激的な文化が、それぞれの違う分野において出てきている、という特徴だった。

私は、音楽だけでなく、トークや、映像やダンスやいろんなものの混じったイベントを行いたいと言った。また、ゲストを呼ぶだけでなく、Save the 下北沢のメンバーだけでこれだけの催しができる、というのも示したかった。

そして、まさに異文化交流ともいえる "Save" のメンバーのみを中心としての、音楽と映像の集まりという企画が生まれたのだ。

オープニングは浅輪がんぽお=私に、パーカッションの葛飾ボンゴロウが加わったDuo。当日風邪をひいてしまっていた私は、頭の中がぐっちゃぐちゃ。最初の数曲は、かなり不満が残ったが、3曲目の途中で、マイクスタンドをギターで張り倒すハプニング!それからはやけくそ状態。それなりのハイテンションで最後まで持っていけた。ま、楽しければいいじゃない・・・共演の葛飾さんともぴったりあっていたし。

その次に映像。機材の関係で当日上映順番が代わったが、2番目に流されたのが、現在上映中のドキュメンタリー映画『東京ソーダ水』の予告編。そして飯塚監督ご本人のご挨拶。映画に出演している "Save" メンバーの荒木さんも並ぶ。東京に住む8人の女性の人生が変わった瞬間をとらえた映画。しかし、その予告編の中でもなぜか下北沢商業者協議会の大木さんの姿が一番目立つ。

その大木さんに密着した新作ドキュメンタリーが本編の須藤監督『あゆむ街』だ。開始時間の2時間前まで編集をしていたというまさに出来立て。その甲斐あってか、最後まで本当に面白く見ることが出来た。下北沢の新しい文化の流れと、古い伝統文化の流れが絡み合う展開。

映画の中で「再開発されたコンクリートのビルだって、その場で育った子供には、それが故郷の風景となるだけだよ。」というような意見が発されていた。それに戸惑う須藤監督。それに映画は答えていたのだろうか。

問題は、どんな場所に育つかということではない。どんな場所に育つかということが、市民には「コントロール」できなくなってきている、ということが問題なのだ。現実は、一部の利権業者や官僚が、人々が住み、交流し、楽しみ、働く場所の開発を「コントロール」している。それが問題なのだ。結果としてどういう建物が建つか、どういう街ができるかではない。だれが「コントロール」するのが本当の「あゆむ街」なのかということ、それこそがこの映画の焦点なのだ。

映画の感動を胸にしたまま、バンド志田歩&Teazerが続く。パーカッションが木製の床に心地よく響く。エネルギーのかたまりのような志田さんの曲の数々、踊り始める人が出る。動物園でしかライオンを見たことがなかった私にとっては、彼のニューアルバム名「最後のライオン」ではなくて、初めて本当のライオンを見たような気分だった。

最後には、Save the 下北沢のサポートソングでもある「アモーレ下北沢」を合唱。風邪薬にアルコールが注ぎ込まれ、半トランス状態となっていた私は、拡声器を持ってはちきれていた。

そこで、今回のチラシに素敵なイラストを書いてくれたカエコムが花束を持って舞台に登場。バラの花束を手にした下平さんが最後にソロ演奏。ナイロンガットで甘いラブソングを披露。どれも、スタンダードになっていてもおかしくない美しいメロディのオリジナル。本当にすばらしい夜を見事に締める。

最後に、アンコールがアルコールに溶けていく頃には、雪はやんで、白く染まった道には轍が残っていた。
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# by ganpoe | 2009-06-19 22:31 | Social or Economic
2009年 06月 14日

梅田洋品店の銀座での個展

以前のブログで紹介した、梅田洋品店、店長梅ちゃんの銀座での個展を見に行った。
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行ってみたら、突然、銀ぶらマダム達で小さな店がいっぱいになった。
ちょっと感動。
聞くところによると、銀ぶらマダムたちは普通、平日に観光客がいないときに、外車で乗り付けてギャラリーに来るそうだ。だから、値段の高いギャラリーは日曜日に逆に空いていない。
有閑マダムたちよ、会えなくて残念ですね。
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と思ったら、知り合いシダセイジュンがいた! 突然話しかけられて、びっくり。
色々話も出来てよかった。
彼もトランスコミックを描き始めたときよりも、ずっとセカイノカラクリの裏表を知りつつあり、それをよりよい方に解きほぐしていく方法をもっと念密に考え始めていた。要するに、簡単ではない(笑)と。

個人的には、そのあと、『生活圏としての地域・・・それを支える経済システムのからくり』
みたいなのを書いてくれる、とそれで最高だと思う。

あと、農業、というか、農村論と、文化論、・・・が欲しい。この辺を、どうやって政治・経済的に分析し、それを分かりやすい漫画に仕上げるか。

それから、ほかの人とも知り合いになった。今までアースデイ辺りでニアミス、実はあっていたはず・・・と言うトモコさんや
カワエリさんにも会った。それぞれアースデイに出店したり、オーガナイズしていた人たち。その人たちが、偶然同じときに来店した。 (あ、カワエリさんは店番をしてたので、ずっといたんですね!)

予想もせず、また、ネットワークが広がっていく。寺山修司が言ったように『書を捨てよ、街に出ろ』である。

7、8年ぐらい前に彼女たちとすれ違っていたはずの頃の代々木公園アースデイを思い出した。
今の企業ブースが立ち並ぶ姿とは違い、実にのどかなものだった。

その頃は、本当に手作り感覚で、ほとんどの人は、地べたにザコをひいて、座って売っていたものだった。

その代々木公園の野音近くから出発して、渋谷、原宿を廻って、イラク戦争の反対デモを行ったことも会った。
その頃は、ブラスバンドといっしょに、アコーディオンを弾きながら歩いたものだった。minorinomiさんとか宮川ジュンさんたちといっしょに。
炊き込みの有機米で作ったおにぎりを配ったりもした。
そんな思いの込められた代々木野音を、石原欲腹都知事がトーキョーオリンピックなどを誘致して、全部ぶっつぶして、バスケットボールコートなんかをつくるそうだ。何がエコロジカルなオリンピックなんでしょうね?
僕たちのどれほどの思い出と、気持ちがあの場所にこもっているのか、わかってくださってるんでしょうか?

そういう色々な思いが、走馬灯のように頭をよぎった。今、それぞれが成長し、よりたくましい(?)姿になって、またこの銀座で再会、あるいは、ついに出会った。

生きていた良かった。もっともっと、生きたい。

もっともっと、多くの人に会いたい。

もっともっと、多くの曲を歌いたい。

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銀座はいつ以来だろう? ちょうど、13日の下北沢のまち歩きで案内役のシモヘイさんが「銀座は旦那衆が集まって、建物の高さ制限を行政の高度化政策に反して、つくった。下北沢では、地主たちがそこまで独自性を取ろうとせず、結局行政におしまかされつつある」と言っていたので、銀座に来る機会が今日あったのは、ある意味偶然とはいえ、うまく出来過ぎ。

で、行ってみたが、どうもあまり魅力を感じさせなかった。確かに、高さはだいたいそろっている、でもそれぞれのお店の魅力が感じられない。

結局NYにいっても、5番街よりイーストヴィレッジ、ロンドンに行っても、Kings Rd.辺りよりも、Brick Lane辺りを好む感性は否定できない。
でも、銀座みたいな場所があるから、下北沢みたいな場所もある。都市にはその両方があるからこそ、都市なのだろう。
経済的にも、高い粗利を稼いでいると思われる銀座あたりの利益が、廻り回って、シモキタにも落とされていくんだろうから。しかし、下北沢で店をやっていくのは、本当に大変だ。粗利率は銀座ほどとれないのに、家賃は銀座並みなんだから・・・!!!
壊れよ、下北バブル!
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# by ganpoe | 2009-06-14 21:25 | Art
2009年 06月 14日

装苑賞 高橋悠介

シモキタでお世話になっているジャーナリストの高橋ユリカさんの息子さん、高橋悠介さんが、
日本のファッション新人賞では最高に権威がある装苑賞を受賞した。

「装苑賞(そうえんしょう)は、新人デザイナーを対象とした公募のファッションコンテスト。1956年、女性向けファッション雑誌「装苑」創刊20周年を記念し、創設された。歴史が古く、現在では新人デザイナーの登龍門といわれ、これまでにコシノジュンコ、高田賢三、山本寛斎、山本耀司など数多くの著名デザイナーを輩出している。」

ちょっと前のことですが、受賞後すぐには聞いてたのですが、現在書店発売中の雑誌『装苑』に記事が載っているので、今取り上げました。
下北沢でのいろいろなつながりを記しておくのも良いかと思い、記しておきます。

http://www.bunka.ac.jp/soen/

一度、ユリカさんの出版パーティーで見かけただけですが、おとなしそうでいながら、うちに秘める情熱のようなものを感じました。 

おめでとう!  
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# by ganpoe | 2009-06-14 12:01 | Art
2009年 06月 14日

森林はCO2だけでなく、窒素の消化もできなくなっている

森林もメタボ化…排ガス窒素「食べきれず」渓流に影響

朝日新聞より。

石油系エネルギーの問題は、地球温暖化で注目されている炭素系だけでなくて窒素もです。

炭素ガス排出が少ないディーゼルカーを欧州で進めているところもありますが、どう技術を使って薄めても、窒素ガスは有害なんですよ。

最近、欧州に行くたびに、町中の窒素ガスほかによる空気の悪さは堪え難いと感じます。

http://www.asahi.com/national/update/0612/OSK200906110150.html

 大都市周辺の渓流に高い濃度の窒素が流入していることが、群馬高専や大阪工業大などの調査でわかった。排ガスに含まれる窒素酸化物が長年降り注いだ結果、窒素を栄養分として吸収している森が窒素飽和の状態になり、吸収しきれない窒素が川に流れ出ている可能性がある。この「森のメタボ化」による窒素流出は、森の衰退や湖などの水質悪化につながるおそれがあるとして、森林総合研究所(茨城県つくば市)も調査に乗り出した。

 群馬高専の青井透教授(環境工学)らのグループが、首都圏の水源となる利根川の上流(群馬県安中市)で水質を計測したところ、窒素成分のひとつ、硝酸態窒素が1リットルあたり最大3.7ミリグラム、平均1.6ミリグラム検出された。湖沼などで定められている窒素の環境基準は同1ミリグラム以下。08年の1年分を積算すると、雨で降ってくるより1.5倍以上多い窒素が、森林から渓流に流れ出したことがわかった。

 調査地点周辺にはゴルフ場や畑など窒素の供給源がなく、山を越えた新潟県側や福島県側では濃度が3分の1から10分の1になることから、「首都圏から流れてくる自動車や工場の排ガスが原因だろう」と青井教授はみている。

 関西も同様だ。大阪工業大の駒井幸雄教授(水環境学)らが、六甲山最高峰の南斜面にあたる神戸市の住吉川上流の約38ヘクタールの森で雨水や渓流水を測定。02年から2年間で渓流の硝酸態窒素濃度は最大2.16ミリグラム、年間総計でも雨で降るより約2倍多い窒素の流出を確認した。

 08年7月から12月にかけて、流域に人家や田畑などの人為的な窒素の供給源がない大阪府内の渓流でも硝酸態窒素濃度を測った。その結果、212カ所のうち78カ所で1ミリグラムを超えていた。

 森林総研は、東京方面からの排ガスがぶつかる筑波山近くの実験林で、07年秋から窒素飽和が起きる仕組みや対策の研究を始めた。吉永秀一郎・土壌特性研究室長は「森から安全な水供給を続けることができるのか、詳しく調べる必要がある」と言う。

 窒素飽和になると、根が弱って森の活力が失われ、生態系にも影響が出かねないという。ダムや湖沼などでは富栄養化が起き、プランクトンの異常発生などによる水質悪化を招くおそれがある。(添田孝史)

 〈水環境問題に詳しい国松孝男・滋賀県立大名誉教授(環境化学)の話〉 まだ排ガスが原因と決まったわけではないが、森から高い濃度の窒素が流れ出す原因を解明する必要がある。琵琶湖の周辺の森でも、濃度が高い場所が見つかっている。森はどこでも「きれいな水の源」とはいいきれなくなってきた。

 〈窒素酸化物〉 石油などの燃料を燃やす際、空気中や燃料そのものに含まれる窒素が酸化されて発生する二酸化窒素など。排出された窒素酸化物は大気中で硝酸に変わり、雨や雪にとけ込んで地上に降る。化石燃料の利用増加とともに森林に降る窒素の量が増え、北米の東海岸や欧州で80年代から窒素飽和が報告されている。
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# by ganpoe | 2009-06-14 11:32 | Social or Economic